修練の地への帰還
2025年冬、雪に覆われた北海道から、三人の男たちが南へと旅立った。アスカ、カタさん、セイコ。彼らを結ぶのは、テニスへの情熱と、人生を最大限に楽しむという共通の哲学だった。
しかし、この旅はアスカにとって特別な意味を持っていた。目的地の愛媛県松山市は、2024年の1年間、転勤で暮らした「第二のホーム」。しかしそれは単なる生活の場ではなく、彼にとっての「修練の地」だった。
見知らぬ土地での孤独を埋めるように、アスカはシフト勤務という時間を最大限に活かし、時間の許す限りいつでもテニスクラブ「ウィナー」に通い詰めた。早朝、昼間、夕方、深夜。勤務シフトの隙間を縫って、常にラケットを握っていた。そこには地元の猛者たちがいて、彼らとの真剣勝負の中で、アスカのテニスは飛躍的に成長した。武方コーチの厳しくも温かい指導、レベルの高いラリーの応酬、そして「もっと上手くなりたい」という純粋な気持ちを共有できる仲間たち。
札幌に戻る時、「必ずまた会いに来る」と約束した。今回の旅は、その約束を果たす「里帰り」であり、同時に一年間の修練で変わった自分を確かめる「凱旋」でもあった。
欠航からの逆転劇
〜決死の350キロドライブと男たちの夜〜
神戸空港に降り立った時、すでに日は傾いていた。ここから愛媛県松山市まで約350キロ。問題は、松山で待つ懐かしい仲間たちだった。
塩さん、そしてテニス仲間の女性陣。彼らは皆、アスカが2024年の転勤時代、シフトの合間を縫って時間の許す限りウィナーに通い詰めた日々を共に過ごした仲間たちだった。
「急がねば、祭りが終わってしまう」
レンタカーのハンドルを握ったアスカの眼に、迷いはなかった。時速150キロの疾走で、到着予定時刻を1時間以上短縮し、23時過ぎ、ついに松山市へと滑り込んだ。
道後温泉で待っていた光景は、温かくも賑やかなものだった。一部の女性陣はすでに泥酔状態で陽気に出来上がっており、「アスカ〜!遅いよ〜!」と声を張り上げている。一方、塩さんやワタナベくん、そして他の女性陣はほろ酔いの穏やかな笑顔で、「おかえり、アスカ!」と温かく迎えてくれた。
泥酔とほろ酔いが入り混じる歓声の中、1年ぶりの再会を喜び合う。しかし時刻はすでに23時過ぎ。女性陣は挨拶を終えると、それぞれ各自解散していった。「また明日ね!」「テニス楽しみにしてるわ!」という声を残して。
そして残ったのは、男たち。アスカ、カタさん、セイコの3人は、愛媛組から塩さんとワタナベくんを連れて、タコ焼き居酒屋へと繰り出した。深夜のタコ焼き居酒屋での男5人の語らい。「おかえり」の乾杯が静かに交わされる。
1年ぶりの再会、テニスの話、人生の話。時間を忘れて語り合った。アルコールを控えていたセイコが、塩さんとワタナベくんを車で自宅まで送り届けて解散。
間に合った。
この瞬間のために、350キロを疾走してきた価値があった。
聖地「ウィナー」での再会
〜武方コーチの「すごいんやで」〜
翌朝、松山市のテニスクラブ「ウィナー」には、冬とは思えない暖かな陽射しが降り注いでいた。名物コーチの武方代表が、いつもの笑顔で三人を迎える。「アスカ、久しぶりやな!札幌でも鍛えとったか?」
アスカにとって、このコートは特別な場所だった。ここは彼の「道場」だった。シフト勤務の合間を縫って、時間の許す限りいつでもここに通った。早朝、昼間、夜間。どんな時間帯でも、ここには真剣にテニスと向き合う仲間たちがいた。地元の猛者たちとの真剣勝負の中で、アスカのテニスは飛躍的に成長した。
挨拶代わりのラリーが始まると、アスカの成長が如実に現れた。「おお、アスカ、えらい上手くなっとるやないか!」という声が飛ぶ。シフトの合間を縫って通い詰めた日々の成果が、ここで証明された瞬間だった。
朝から晩まで、ひたすらダブルスを楽しむ。昼食時、コート脇にお待ちかねのホッカホカ亭のメニュー表が配られた。今回は各自、メニューを見て自由にオーダーする形式だった。 メニューを眺めていると、武方コーチがニヤリと笑いながら言った。
「トリ焼きそば弁当、すごいんやで」
その一言に反応したのが、セイコと、セレブ妻2名の合計3人だった。「コーチがそこまで言うなら」と、興味を引かれて注文する。一方、アスカはその存在を知らなかったようだ。
弁当が届いた時、その正体が明らかになった。
検証:トリ焼きそば弁当の実態
「これ…確かにちょっと多いですね」
セイコとセレブ妻たちが、少し驚いた表情で箸を進める。一方、普通の弁当を頼んだメンバーは、「ああ、それがコーチの言ってた『すごいんやで』か」と笑っている。武方コーチは満足そうに頷いている。
午後のテニスは、「トリ焼きそば弁当組」にとって「満腹との戦い」となった。動くたびにお腹が重い。それでも誰一人として手を抜かず、満腹の身体を引きずりながら、限界までテニスボールを追い続けた。愛媛の仲間たちとの時間は、どんな状態でも「もう一試合いこうか」と言いたくなる、不思議な魔力があった。
夜は道後温泉で疲れを癒し、お土産をひとしきり購入した後、地元スーパー「FUJI」での買い物を楽しむ。惣菜と弁当を買い込み、ホテルの部屋で疲れた身体を労わりながら部屋飲み。21時、全員が子供のように深い眠りについた。
札幌vs愛媛
〜雨と「DEN」の歓喜、そしてコンビニでの別れ〜
三日目は「札幌vs愛媛」の男女混合団体戦で幕を開けた。アスカにとっては、かつてシフトの合間を縫って通い詰め、「愛媛チーム」として戦っていたコートで、今度は「札幌チーム」として立つという、不思議で感慨深い経験だった。
休憩時間のみかんが喉を潤し、昼食の名物「芋炊き」は、様々な具材から染み出した出汁の旨味で、参加者全員が舌鼓を打った。
武方コーチの予言通り、14時に豪雨が降った。しかし、一時中断の時間も無駄にはしない。すぐに天気が盛り返してテニスを再開。
休憩時間、雨が降っている最中に卓球台が稼働し、そこでカタさん直伝のトランプゲーム「DEN」が始まった。これは、カタさんが高校時代に編み出した独自のトランプゲームで、カタさんと数名の女性陣が歓喜の声をあげながら楽しんでいた。愛媛の仲間たちも「これ面白い!」と夢中になり、様々な角度で楽しみ尽くした一日だった。
夜は「飛鳥の湯」で汗を流し、「鯛めし」や定食を堪能。追加のお土産を購入した後、3日目の練習に参加できなかった塩さんが、食後に道後のコンビニでアスカと合流し、別れの挨拶をしに来た。
「アスカ、また来年も必ず来いよ」
塩さんの言葉に、アスカは力強く頷く。そして塩さんは、餞別として「TENGAチャージ」をアスカに手渡した。この小さな贈り物が、帰路でさらなる思い出を作ることになるとは、この時点では誰も知らなかった。
塩さんと別れを告げて、ホテルへ。早々に22時就寝。
うどん行脚と一休さんの信用度ゲーム
〜そして人生初のバック〜
最終日、早朝4時。まだ星が瞬く空の下、三人は香川県へ向かった。「うどんバカ一代」の開店と同時に入店し、眠たそうなスドウ君(札幌からの単身赴任中のテニス仲間)と店舗前で合流。
早朝から拉致されたスドウ君は眠そうで、うどんハシゴにははじめ乗り気ではなかった。しかし、「バカ一代」「大島うどん」「山下うどん」とハシゴを重ねるうちに、だんだんとテンションが上がってきた。みんな大食いで、早朝からよく食べた。「まだいけるけどw」という会話が飛び交う。最終的に全員が4玉は軽く完食。スドウ君も、とても面白い思い出になったようで、最後には心から楽しんでくれた。
そして、「山下うどん」から次なる目的地「金刀毘羅宮(こんぴらさん)」へ向かう道中で、運命の出会いが待っていた。
「山下うどん」から「こんぴらさん」への道中で、「一休さん」に出てくるような橋を見つけた。「このはしわたるべからず」という、将軍様と一休さんのとんちくらべに出てくる橋に非常によく似ていた。
ここでセイコの仕掛けた巧妙な「信用度ゲーム」が始まる。
セイコが、まるでここがその舞台だったかのように、それらしく語りだした。するとアスカが即座に乗っかり、輪をかけてその嘘の逸話をそれらしく補強してくれた。二人の息のあった「嘘の逸話」に、スドウ君とカタさんは素直に信じてしまい、真顔で「へぇ〜!」と感心していた。
車は「こんぴらさん」へと到着。次なる試練は785段の石段登りだ。テニスで疲労した足腰に、さらなる負荷をかける石段を、足を踏み外さないよう気をつけながら登っていく。
石段を登っている最中、その展開でセイコの信用度が落ちたタイミングで、今度はセイコが「神社の鳥居と参道」について本当の話を語り始めた。すると、スドウ君の目がいぶかしげに細まり、斜に構えた態度を見せた。これはセイコの想定通りで、スドウ君も本気で疑ってかかっていた。
「いや、今度は本当の話なんだって!」とセイコが力説するも、スドウ君は「また騙そうとしてるだろ」と疑いの眼差し。本当の話なのに信じてもらえない理不尽さが、併せて爆笑を生むこととなった。
【図解:セイコ氏の信用度推移】
Phase 1: 序盤
スドウ君&カタさんは、セイコの巧妙な語り口をまだ信じている。
無事、頂上に到着し、荘厳な佇まいと景色に癒された。愉快な仲間たちとの時間はあっという間だった。こんぴらさんを下山し、11時20分にスドウ君を自宅まで送り届ける。「また会おうな。お互い、時間見つけてテニスしような」という言葉を交わし、別れを告げる。神戸空港14時搭乗のデッドラインまで、残り2時間40分。
そして、ラストバトルの始まり。
ラストドライバーのセイコが高速道路を疾走するが、途中の分岐であやうく別方向へ走ってしまいそうになり、人生初の高速道路料金所でのバックw
無事、正しいルートに軌道修正するも、刻一刻とタイムリミットは近づいていく。残り13キロで悪夢の渋滞が発生。道も間違え、カーナビとGoogleマップのナビの狭間でハラハラドキドキのラストドライブ。一瞬一瞬の選択の積み重ねが、最終着地で数分の滑り込みにたどり着くことになる。
13時46分、MKレンタカーにギリギリ滑り込んだ。ここからはF1のピット作業のような完璧な連携プレーだった:
- セイコ:運転を担当し、車を定位置に横付け
- カタさん:店舗へダッシュしてスタッフを呼ぶ
- アスカ:返却前のガソリン満タン給油
スタッフの迅速な返却チェックと忘れ物チェックを経て、送迎車で神戸空港へ激走。13時57分着。
アスカは人生最速のダッシュでスカイマークのカウンターへ滑り込む。14時までにチェックインと預かり手荷物の検査が完了。しかし彼の心には、もう一つの恐怖があった。塩さんから託された「TENGAチャージ」が手荷物検査で発見されたら、人生史上初の辱めを受けるリスクと闘っていた。
3人とも手荷物検査を乗り切った後、安堵の表情でコーヒーをたしなもうかと覗いたコーヒー店の1杯の価格は約1000円。こだわっているのだろうけど、1杯1000円。アスカがそれをカタさんに伝えて見に行かせたら、わかりやすすぎるほどのオーバーリアクションで顎が外れていた(爆)その表情があまりにも面白く、緊張の中にも笑いが生まれた。
結局、自販機で飲み物を調達して機内へ。無事搭乗。上空でTENGAチャージが気圧で破裂しないかという最後のハラハラを抱えながら、機体は北の大地へと向かった。
二つの故郷を持つ豊かさ
新千歳空港に降り立った三人の胸には、4日間の濃密な記憶が刻まれていた。テニスボールのラリー音、武方コーチの「すごいんやで」という予告、「トリ焼きそば弁当」のちょっと大盛りな驚き、芋炊きの湯気、カタさんの「DEN」の歓声、道後温泉の湯けむり、うどんのコシ、山下うどんからこんぴらさんへの道中で見つけた橋、一休さんの嘘逸話、785段の石段を登りながらの鳥居の本当の話の信用度ゲーム、高速道路料金所での人生初のバック、そしてギリギリを攻めたドライブの緊張感。
そして何より、愛媛で再会した仲間たちとの笑顔。2024年の転勤時代、シフトの合間を縫って時間の許す限りウィナーに通い詰めたアスカを支え、共に成長してくれた大切な人たち。道後のコンビニで餞別を手渡してくれた塩さんの温かさ。
アスカが愛媛で学んだこと、それは場所や時間を超えて続く「人との繋がり」の尊さと、何かに打ち込むことの素晴らしさだった。二つの故郷を持つ豊かさ。それこそが、人生で最も大切な思い出を作る源なのである。
「来年も、また愛媛へ」
そう誓いながら、三人はそれぞれの日常へと戻っていった。しかし彼らの心には、もう次の冒険への期待が芽生えている。
男3人、愛媛テニス旅。来年の同じ時期、同じようにラケットを握って、またあのコートで笑っている。そんな未来を思い描きながら、北の大地での日常が再び始まった。